肥前國“仏の路”の2回目、今回は唐津市肥前町大鶴地区にある「鶴の岩屋(法海寺)」を紹介します。私が「鶴の岩屋」を初めて訪れたのは2017年。歴史ある石仏や磨崖仏に興味を持ち始めたのがきっかけでした。(そのきっかけについては、後々の回で語ろうと思います。)それ以来、この場所の独特な雰囲気に惹かれ、ことあるごとに訪れています。
肥前町大鶴地区は、仮屋湾の最南端の小さな入江に面した地域です。明治から昭和にかけて大鶴炭鉱(杵島炭鉱大鶴鉱業所)があり、最盛期にはおよそ4000人の人々が暮らしていました。映画館や学校、病院などもあって栄えた場所だったようです。炭鉱跡地には、この地で両親を亡くし貧しい中でも明るく生き抜いた10歳の少女の日記「にあんちゃん」の記念碑もあります。「鶴の岩屋(法海寺)」は、この記念碑の傍から急な坂を100mほど登ったところにあります。
急勾配の坂を登っていくと、岩肌と本堂が見えてきます。本堂前のお庭には、不動明王や鶴の像が祀られています。この辺りは鶴が多く飛来する土地だったようで、地名の由来ともなっています。およそ500年前、ひとりの修行僧が岩山に鶴が降り立つのを見て、霊験あらたかな場所であると感じ、この地に窟を開いたのが「鶴の岩屋」の由来だそうです。「法海寺」という寺院名がついていますが、現在は住職がいない無住寺院となっています。空海を開祖とする真言宗の密教寺院で、本堂の祭壇の天蓋には『南無大師遍照金剛』の札が下がっています。有志の方々により管理されているそうで、本堂の中はとても綺麗で、祭壇にもお花や供物がお供えしてありました。
本堂の祭壇の奥に石窟があります。石窟入口には仁王像でしょうか、左右に一体ずつ彫られています。石窟の中は、畳4畳ほどの空間で、およそ120体の仏像と長寿のシンボルである鶴と亀が彫られています。石窟の祭壇には何体もの仏像が祀られていますが、後の時代に奉納されたものもありそうです。(私が以前に訪れた時に無かった仏像も増えていました。)
壁面の仏像は、床から1mぐらいの高さから天井部分にかけて彫られています。ほとんどが菩薩像と思われますが、不動明王や千手観音も彫られています。また、雲に乗った仏達や犬(狼?虎?)に寄り添う仏など、何らかの物語性を表したと思われるものもあります。壁面が砂岩であるため、入口側の仏像は特に風化が激しく、シンボルの鶴と亀は、かろうじて形が判別できるぐらいです。石窟奥側の仏像は、比較的、形は残っているようです。蝋燭やお線香の煤で黒くなっていますが、白や赤の顔料も所々残っています。
「鶴の岩屋」の壁面に彫られた仏さまのお顔は、石窟の中央に向けられています。外界と遮断された静かな空間で祭壇の前に座すると、多くの仏様たちに見つめられ、時が止まっているような不思議な感覚に囚われます。屋外にある磨崖仏や石仏とは雰囲気も違っていて、小さな空間に、長年に亘る人々の祈りが濃縮されているような気がします。心も落ち着き、考えを整理したりするには良い空間かもしれません。(私も大きな考え事がある時に訪れたことがあります。)周辺は、炭鉱跡など歴史ある場所でもありますし、機会があれば、皆さんも訪れてみてください。
[肥前見聞録] T.Kawamichi